退職代行の運営主体と、交渉できる範囲の違い
退職代行で会社と交渉できるのは、弁護士と労働組合が運営するサービスだけです。民間会社が運営するものにできるのは本人の退職の意思を伝えるところまでで、有給休暇の消化や未払い賃金の請求まで報酬を得て代わりに交渉すると、弁護士法72条が禁じる法律事務の取扱いにあたるおそれがあります。そもそも期間の定めのない雇用は、民法627条1項により解約の申入れから2週間の経過で終了し、会社の同意は要件になっていません。
運営主体は3つあり、交渉できる範囲が条文で変わる
退職代行を選ぶときに最初に見るべきは、料金でも対応の速さでもなく、そのサービスを誰が運営しているかです。運営主体が弁護士か、労働組合か、民間会社かによって、会社に対してできることが法律で変わります。
違いが出るのは「交渉」の一点です。退職の意思を伝えるだけなら誰が行っても同じですが、有給休暇の消化日数を調整する、未払いの賃金や残業代を請求する、退職日を動かすといったやり取りは交渉にあたります。
| 運営主体 | 会社との交渉 | 根拠となる条文 |
|---|---|---|
| 弁護士・弁護士法人 | できる(法律事務全般) | 弁護士法72条の制限を受けない |
| 労働組合 | できる(団体交渉) | 日本国憲法28条・労働組合法6条 |
| 民間会社 | できない(意思の伝達まで) | 弁護士法72条 |
そもそも退職に会社の同意は要らない
退職代行を検討する前に確認しておきたい条文があります。期間の定めのない雇用契約について、民法627条1項は「各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる」と定め、雇用は「解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する」としています。
会社が承諾することは、この条文では終了の要件になっていません。退職届を受け取ってもらえない、上司が話を聞かないという状況でも、申入れが会社に届いていれば2週間の経過で契約は終わります。退職代行が担っているのは、この意思表示を本人に代わって届ける役割です。
契約期間が定められている場合は2週間のルールの外にあります。民法628条は、やむを得ない事由があるときは直ちに契約を解除できると定める一方、その事由が当事者の一方の過失によって生じたときは相手方に対して損害賠償の責任を負うとしています。
- 期間の定めのない雇用: 解約の申入れの日から2週間の経過で終了する(民法627条1項)
- 期間の定めのある雇用: やむを得ない事由があるときは直ちに解除できる(民法628条)
- 会社の承諾は、いずれの条文でも契約終了の要件になっていない
民間会社が交渉すると弁護士法72条に触れる
弁護士法72条は、弁護士または弁護士法人でない者が「報酬を得る目的で」「一般の法律事件に関して鑑定、代理、仲裁若しくは和解その他の法律事務」を取り扱うことを、業として行ってはならないと定めています。
退職の意思を本人の使者として伝えるだけであれば法律事務の取扱いにはあたらないと説明されます。一方で、有給休暇の消化日数を調整する、未払い賃金を請求する、退職日を動かすといった行為は会社との間の権利義務に関わります。民間会社が報酬を得てこれを業として行えば、72条が禁じる範囲に入るおそれがあります。
禁止の名宛人は事業者の側です。同法77条3号は72条に違反した者を2年以下の拘禁刑または300万円以下の罰金に処すると定めており、依頼した本人を処罰する規定は同法に置かれていません。
個別の行為が72条に違反するかどうかは、最終的には裁判所が証拠にもとづいて判断します。当サイトは特定の事業者について適法・違法の評価を行いません。
弁護士法72条に違反した場合の罰則
- 拘禁刑
- 2年以下
- 罰金
- 300万円以下
- 根拠
- 弁護士法77条3号
出典: e-Gov法令検索「弁護士法」(第72条 非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止、第77条 罰則) / 最終確認: 2026年8月20日
労働組合が交渉できるのはなぜか
日本国憲法28条は「勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する」と定めています。これを受けて労働組合法6条は、労働組合の代表者または労働組合の委任を受けた者が、使用者またはその団体と労働協約の締結その他の事項に関して交渉する権限を有すると定めます。
この6条には範囲が書き込まれています。交渉できるのは「労働組合又は組合員のために」であり、組合員でない人のために交渉する権限までは与えられていません。労働組合が運営する退職代行で組合への加入を求められる場合があるのは、この構造によるものです。
労働組合法2条は、労働組合を「労働者が主体となつて自主的に労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的として組織する団体」と定義し、使用者から経理上の援助を受けるもの、共済事業その他福利事業のみを目的とするものなどを除いています。
労働組合法5条1項は、労働委員会に証拠を提出して2条および5条2項に適合することを立証しなければ、同法に規定する手続に参与する資格を有せず、同法に規定する救済を与えられないと定めています。これが資格審査と呼ばれる手続です。
加入に伴って組合費などの費用が発生する場合があります。金額と、その費用に含まれる範囲は事業者ごとに異なるため、依頼する前に総額を確認してください。
- 規約に名称と主たる事務所の所在地を記載しなければならない(労働組合法5条2項1号・2号)
- 総会は少なくとも毎年1回開催しなければならない(同項6号)
- 会計報告は少なくとも毎年1回、組合員に公表しなければならない(同項7号)
弁護士に依頼したときだけできること
弁護士法72条が禁じているのは弁護士でない者による法律事務の取扱いなので、弁護士および弁護士法人はこの制限を受けません。退職の意思の伝達に加えて、未払い賃金・残業代・退職金の請求、会社からの損害賠償請求への対応、訴訟における代理まで、扱える範囲が最も広くなります。
労働組合の団体交渉は労働条件に関する事項を対象とするもので、訴訟における代理は含まれません。会社と争いになる見込みがある場合や、すでに金銭の請求が問題になっている場合は、この差が実際の対応範囲の差になります。
費用と対応範囲は依頼内容によって変わります。当サイトは特定の事務所の費用や実績を掲載しません。
依頼する前に運営主体を確かめる
サービス名からは運営主体が分かりません。確認できるのは、そのサービスのサイトに何が書かれているかです。
弁護士については、日本弁護士連合会の弁護士検索で照合できます。ただしこの検索は任意登録制で、すべての弁護士が掲載されているわけではありません。掲載がないことをもって弁護士でないとは判断できないため、所属弁護士会への確認が確実です。
労働組合の資格審査の手続については、中央労働委員会の説明が公開されています。
- 弁護士が運営: 事務所名・所属弁護士会・登録番号が明示されているか
- 労働組合が運営: 組合の名称と主たる事務所の所在地が示されているか(労働組合法5条2項1号・2号)
- 民間会社が運営: 会社との交渉を行わない旨が明示されているか
退職代行を使っても、自分でやる手続きは残る
退職代行が扱うのは会社との間の話です。退職後の公的な手続きは、依頼者本人が行います。
雇用保険の受給手続きはハローワークで本人が行います。離職票を受け取ってからの流れは失業保険の受給手続きの流れにまとめています。健康保険は、国民健康保険の届出が退職日の翌日から14日以内、任意継続の申請が20日以内と期限が異なります。選択肢の違いは健康保険の選び方で比較しています。
会社に対して請求できるものも条文で決まっています。労働基準法23条1項は、退職の場合において権利者の請求があったときは、7日以内に賃金を支払い、労働者の権利に属する金品を返還しなければならないと定めています。7日は請求があったときから進む期間で、退職日から自動的に進むものではありません。
労働基準法22条1項は、使用期間・業務の種類・その事業における地位・賃金・退職の事由について証明書を請求した場合、使用者は遅滞なく交付しなければならないと定めています。同条3項により、労働者が請求していない事項を証明書に記入することは禁止されています。
退職時に会社へ請求できるもの
- 賃金・金品の返還
- 請求から7日以内労働基準法23条1項
- 退職時等の証明書
- 請求があれば遅滞なく労働基準法22条1項
出典: e-Gov法令検索「労働基準法」(第22条 退職時等の証明、第23条 金品の返還) / 最終確認: 2026年8月20日
失業保険の申請は退職代行の範囲外
退職代行に依頼しても、失業保険の申請を代わりに出してもらうことはできません。社会保険労務士法27条は、社会保険労務士または社会保険労務士法人でない者が、報酬を得て同法2条1項1号から2号までの事務を業として行うことを禁じています。
2条1項1号は労働社会保険諸法令にもとづく申請書等の作成を、1号の2はその提出に関する手続を代わって行うことを指します。雇用保険の受給に関して行政機関へ提出する書類は、ここでいう申請書等にあたります。
受給額を増やせるとうたって申請を支援する事業者については、国民生活センターが注意喚起を出しています。内容は申請サポートを名乗るサービスの注意点にまとめました。
よくある質問
- 会社が退職代行に応じない場合はどうなりますか?
- 退職の効力は会社の同意ではなく、民法627条1項の解約の申入れから2週間の経過によって生じます。会社が代行業者への応対を拒んでも、申入れが会社に届いている限り、期間の経過で雇用は終了します。個別の事案に争いがある場合は、労働基準監督署または弁護士に相談してください。
- 民間会社の退職代行を使うと違法になりますか?
- 弁護士法72条が名宛人としているのは、報酬を得て法律事務を業として取り扱う側です。罰則を定める同法77条3号も違反した事業者に向いており、依頼した本人を処罰する規定は同法に置かれていません。ただし交渉が必要な場面では対応できないため、交渉の見込みがあるなら弁護士または労働組合が運営するサービスを選ぶことになります。
- 有給休暇の消化を退職代行に交渉してもらえますか?
- 交渉できるのは弁護士または労働組合が運営するサービスに限られます。有給休暇の取得時季や未払い賃金の扱いは会社との交渉にあたるため、民間会社が報酬を得てこれを業として行うと、弁護士法72条が禁じる法律事務の取扱いにあたるおそれがあります。
- 労働組合の退職代行を使うには組合に入る必要がありますか?
- 労働組合法6条が交渉の権限を認めているのは「労働組合又は組合員のために」であり、組合員でない人のために交渉する権限は定められていません。そのため労働組合が運営するサービスでは、組合への加入を求められる場合があります。加入に伴う費用の有無と総額は、依頼する前に各サービスで確認してください。
- 退職代行を使うと失業保険はもらえなくなりますか?
- 受給資格と給付制限は、離職理由と被保険者期間によって決まる仕組みで、退職の意思を誰が伝えたかによって決まるものではありません。判断はハローワークが離職票の内容と事実関係をもとに行います。離職理由の区分は給付制限と所定給付日数の両方を左右するため、離職票の記載は必ず確認してください。
出典と更新情報
- e-Gov法令検索「弁護士法」(第72条 非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止、第77条 罰則)
- e-Gov法令検索「労働組合法」(第2条 労働組合、第5条 資格審査、第6条 交渉権限)
- e-Gov法令検索「日本国憲法」(第28条 団結権・団体交渉権)
- e-Gov法令検索「民法」(第627条 期間の定めのない雇用の解約の申入れ、第628条)
- e-Gov法令検索「労働基準法」(第22条 退職時等の証明、第23条 金品の返還)
- e-Gov法令検索「社会保険労務士法」(第2条 業務、第27条 業務の制限)
- 中央労働委員会「労働組合の資格審査について」
- 日本弁護士連合会「弁護士検索」
データ最終確認: 2026年8月20日 / 次回の制度改定予定: 2027年8月1日